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小笠原諸島のカタマイマイ



カタマイマイの変異と種分化

1.集団内の変異

 海洋島の生物集団は、本土から偶然たどり着いたごく少数の個体に由来することが多いので、本土の祖先集団が持っていた遺伝的変異が失われ、表現型レベルの変異も乏しくなると考えられます。ところが、島に到達してからある程度年月を経た集団では、逆に本土に比べて形、大きさ、模様などに著しく大きな個体変異が見られることがあります。一般的にはこれは、
1.捕食者からの開放、
2.種間競争からの開放、
3.突然変異率の上昇、
などによると考えられています。1と2は、島にたどり着くことのできる生物が限られているために生じます。
 どの要因が最も重要であるかは、ケースごとに異なると考えられます。しかし個別の例について、野外で厳密な実証がなされた研究は意外に多くありません。カタマイマイでも集団によっては殻の形、模様、色彩などに著しい個体変異が観察される場合があります。特に共存する種数が少ないほど、集団中に見られる形態的な変異の幅は大きくなる傾向があり(Chiba 1999a)、種間競争からの開放によりニッチ幅が広がったことが、生息場所に関係した形質の変異を増大させている可能性があります。 しかし種類によっては変異の幅と共存する種の有無に関係が見られないケースもあり、要因は単純ではないようです。
オトメカタマイマイに見られる色彩の変異。 赤、黄、緑の3色

 捕食者がいなくなると、それまではすぐ捕食されてしまって生活できなかった場所でも生活できるようになり、住み場所に関係した形質の変異の幅が広がるかもしれません。また、たとえばカムフラージュの機能を果たしていた性質に対する淘汰がなくなるので、それまでは不利だったためすぐに集団から消失していた変異が維持されるようになり、集団中の変異が大きくなるかもしれません。
 しかし、捕食者の存在は、いつもこのように変異を減少させる方向に働くわけではありません。カタマイマイの場合、土壌や落葉層下部に潜って休眠する種に比べて、地表やその近くで休眠する種や樹上性の種は、より著しい色彩多型を示します。日中、地表や樹上で休眠する種は、鳥による捕食の痕跡を示す死殻の頻度が高いことから、特に色彩の変異の維持には、鳥の捕食が大きく関わっている可能性があります(Chiba 1999a)。鳥は捕食の際、頻繁に出会う餌の模様を学習し、餌のイメージ(探索像)を持ちます。鳥は探索像に似た姿のものを優先的に見つけて捕食するので、数が少なく出会う頻度の少ない模様のタイプは、より発見されにくくなり、数の多い模様のタイプに比べて有利になります。結果として、増えてくると不利になり、減ってくると有利になるという頻度依存選択のプロセスが働き、集団中に色彩多型が維持されるのです。この場合には、捕食者の存在は、逆に変異を増大させる方向に作用します。このように、捕食者の効果も単純ではありません。


2.地理的変異と種分化

 カタマイマイ属では、同じ種でも殻の形や模様が住んでいる地域によって大きく異なることがあります。特に母島では、わずか数10mほど離れただけで殻の色や模様、形が全く違うものに変わってしまうことがあります。同じ種や型の中に、無数の形態的に異なる地域集団が含まれているうえ、ときにそのなかに他の種とそっくりな姿のものがあったりするので、カタマイマイ属の分類は困難を極めます。

そっくりだけど別種。左:コシタカカタマイマイ、中:ヌノメカタマイマイ、右:コガネカタマイマイ
違って見えるけど同種すべてヌノメカタマイマイ
 このような顕著な地理的変異をもたらした要因のひとつは、カタマイマイの移住率の乏しさによると考えられます。移住率が低いために、局所的な環境への適応が進み、生息環境の違いに応じて異なる表現型をもつ集団に分化するのかもしれません。また遺伝的浮動により、地域集団間でそれぞれの表現型の頻度が確率的に変化し、集団ごとに異なる表現型に固定される可能性もあります。

 カタツムリは、谷や山の稜線が移動の障壁になると言われています。実際、ひとつの谷や稜線を隔てて、ひとつの種が近縁なべつの種に置き換わったり、同じ種が別の模様や形をもつものにがらりと変化するというパターンが、ハワイやタヒチなどのカタツムリで知られています。
 この典型的なものを父島で見ることができます。父島では下図のように、島の北西から南東に走る脊梁山地を境として、北東側にカタマイマイが分布し、南西側にチチジマカタマイマイが分布しています。そして両者の境界にはこれら2種が交雑してできた雑種集団が分布しています(Chiba 1997)。チチジマカタマイマイとカタマイマイは解剖学的な特徴も大きく異なり、殻の形や模様も異なりますが、雑種集団は、両者の中間的な特徴を持っています。例えばカタマイマイの殻は黒地に黄色の帯を1本めぐらしますが、チチジマカタマイマイの殻は黄色の地に1〜3本の褐色の帯をめぐらします。雑種集団は両者の模様をちょうど重ね合わせたような模様になっています。また、これら雑種集団の模様は、完全な中間型から、一方の種の典型に近いものまで、一つの集団の中に幅広い変異を現します。このように生殖隔離が不完全な種同士が出会って、遺伝子の交換をしている場所を交雑帯(hybrid zone)と呼びます。

父島におけるカタマイマイとチチジマカタマイマイおよびそれらの雑種集団の分布。
(1992年以前の調査に基づく)。


殻の特徴を基準にして分類すると、交雑帯は上図のように比較的狭い範囲に限定されていますが、ミトコンドリアDNAの変異を基準にすると、交雑帯の幅はこれよりずっと広くなり、島の北部では脊梁山地の西側もすべて交雑帯に含まれてしまいます。これは淘汰に関して中立な遺伝子は、交雑を介して異種にどんどん浸透しているが、形に関係した遺伝子は淘汰により浸透が妨げられているものと考えられます。チチジマカタマイマイとカタマイマイの繁殖隔離は不十分だったため、雑種ができていますが、もしもっと長期にわたって地理的に隔離されていたら、出合っても雑種ができることはなかったでしょう。このように集団が地理的に隔離されることで繁殖隔離が進化し、種分化が起きると考えられます。この異所的種分化と呼ばれるプロセスは種形成の最も一般的なプロセスと考えられていますが、この父島の2種のカタマイマイの例は、異所的種分化のプロセスを支持する典型的なものといえます。 
 カタマイマイ類では、このように隣接した場所や同じ場所に住んでいる別の種(またはタイプ)の間で恒常的に交雑が起きている場合から、環境条件によって時に雑種ができる場合、そしていっさい交雑が起きない場合まで、さまざまな段階の分化のありさまを見ることができます。これはカタマイマイで、いままさに種分化が起こりつつあることを示しています。

 母島は、父島より地形がはるかに複雑で起伏に富んでいるせいか、地理的変異のパターンは父島の種類とは比較にならないくらい複雑で多様です。さらに母島の場合、谷や稜線だけでなく、全く地理的な障壁を想定できない場所でも、がらりと形が変化したりします(Chiba 1993)。母島の集団に見られる無限の地理的変異には、多くの謎が含まれているようです。


●母島のカタマイマイの地理的変異についてはこちら

 一方、周辺の離島では、面積が小さすぎることや地形の単純さから、各島内では遺伝的にも均一で、父島や母島で見られるような地理的変異をみることはできません。しかし、興味深いことに母島の離島では、ごく小さな島の中で地理的隔離なしに、生活様式の分化をともなった同所的な種分化が起きているようです。例えばヒメカタマイマイ南部型は、島によっては同じ場所で樹上性と地上性の二型がみられます。これらはミトコンドリアDNAのレベルでは全く違いが認められませんが、それぞれ木の上、地面の上、と活動する場所が異なっていて出会う機会が少ないため互いの遺伝子の交換が制限され、二型の間に繁殖隔離のプロセスが進化しつつあります。こうした種分化の例は、淡水魚や昆虫で報告されており、最近とみに注目を集めています。

 このように、カタマイマイ類の場合、島ごとに変異のパターンが異なり、種形成のメカニズムも異なっていると考えられます。新しい種がどのようにして生み出されるのか、カタマイマイはその答えを、さまざまなかたちで私たちに語りかけてくれているのです。